夢のロッキング・チェア 発表年:昭和39年(1964)12月号

基本情報 作者:雨妙院一太 風俗奇譚 昭和39年(1964)12月号 P62-P70 掲載 パブリックドメイン :保護期間満了の為 タイトル 夢のロッキング・チェア あおり 江戸川乱歩の名作『人間椅子』さながらのロッキングチェアをつくり、女に腰かけてもらって陶酔する男! 本文 女のベンチの下に 山下口から駅を出ると、牧村逸平は、まっすぐ公園の石段を上った。 冬のはじめにしては暖かい夜ではあるし、時間もまだ八時ちょっと回ったばかりの宵の口なので、山の上には、かなりの散歩の人かげが見える。 そのほとんどが、男と女のアベックだ。逸平のようにひとり歩きの男は、かれらの目からは、哀れにもさびしげに映るかもしれなかった。 が、逸平のほうにしてみれば、男女づれなどには用はない。かれの目ざしているのは、女ひとりー いや、ふたりでも三人でも、いい、とにかく女だけの姿なのである。 そうした女だけの姿をもとめて、逸平は、毎夜の如く、のら犬のように、のらネコのように、町から町を彷徨する。 といっても、かれは、混んだ電車のなかなどでよくみかけるような、”痴漢紳士”のごときまねをするのでは、絶対にない。かれの目的は、女に奉仕したいことにある。 身長一メートル五一、体重五六キロのからだを、女の前に奉仕することで、かれの青ざめた心はよみがえり、命を燃焼させることができるのだ。 博物館のほうへ向って、ゆっくり歩をはこんでいた逸平は、途中から気がかわって、山を左へ、だらだらとおりると、不忍池畔にはいった。 ここにもチラリホラリ、人の影がある。逸平は、池をめぐりはじめた。 明月や池をめぐりて夜もすがらーー芭蕉の名句さながらに、月が池のおもてに影を投げている。ほおーっと、大きな暈をかぶった月だ。 逸平はふと、女の乳暈を思い出したが、つぎの瞬間、「ああ、もったいないや」とつぶやいた。 --われわれMの徒には、めったにおがむことのできない乳ぶさを考えるなんて……。 その念を打ち消すように、二度三度、頭をふった。 とそのとき、逸平の目にピカッと映じたものがあった。 池畔におかれたベンチのひとつに腰をおろしている人がすった、ライターの光であった。 逸平は反射的に、そのほうへ目をとめた。池のほうへ向いているので、顔はわからないが、濃いエンジ色の皮ジャンらしいものを着ている女である。...